★さかしらに 國の大事をあげつらふ 人のことばを ゆるし難く居り 折口春洋(はるみ。釈迢空の義子)『鵠(たづ)が音(ね)』>昭和十三年の作。二度応召し最後は硫黄島で散った。殆ど戦争がテーマだが、軽率な戦時詠は作らなかった。時の勢いに乗じた俄国士が輩出していたのだろう。今も変わらぬ。
★憎悪より祷(いの)りつよしといふときになみだきらきらとあふれくるかな 坪野哲久『北の人』(昭和二十二年から三十年の作品集)>この頃歌人は煎餅を焼いて糊口を凌いでいた。どのような手段を用いようと変えることが出来ぬ時代の流れ。自らの理想の実現を祈るしか無い状況に溢れる泪。分るなあ。
★フォッサマグナ腰帯としてゆらゆらと母なる国は踊りやまずも 坂井修一『牧神』平成十四年 >昨日に引き続き科学を歌に詠み込む坂井氏の歌。言われてみれば誰にでも詠えそうな気がする、コロンブスの玉子の歌。
★素晴(すば)らしい外套(ぐわいたう)を着て 知事をつれて 大臣の 視察といふものは それでいいのか。 矢代東村 昭和万葉集(三)>何もしないで怒鳴ってばかりいた宰相が作業ジャンパーを着たとてやはり反撥は受けよう。気のない慰問で通りすぎた避難民から怒号と共に呼び止められて狼狽する醜態を曝した。
★関八州悪党となり駆けめぐる 科学とはいはばさういふところ 坂井修一『ジャックの種子』平成十一年 >私には詠めない歌。制約無くタブー無く、悪党(強者時に悪人)として傍若無人に振る舞う。ワイルド・ウエストのような分野が科学というものだ。自由闊達に研究に邁進せよ、上品ぶっても駄目だ。
★貧ゆゑに空弁当(からべんたう)の子もありき頭痛よそほひ昼食食べざりき 佐々木大治 昭和万葉集(三)>キンディー・ユーディー(泰語、食満ちて善をなす)。命長らえるに必要な食を満たすことが善き人生の第一歩だ。飽食は善とは無縁。
★あわだちて物質主義(マテリアリズム)の淵にゐるたましひのこといかに記さむ 坂井修一『スピリチュアル』平成八年>魂が泡立つとは凄い表現だ。物質主義が底なしの泥沼に覚えてきて、魂がそこから救済を求めている。沈み込もうとしてはぶくぶくと泡になり助けてくれと叫ぶ。だがその泡も直ぐに消える。
☆兵士にもなれる息子が二人いてふたりながら綿の花のごと倦む 佐伯裕子『寂しい門』平成十一年 >欲望は満たされた、それ故の倦怠か。個人の欲望満足などちっぽけなものだ。じべたをいかに遠く迄這いつくばろうとも何もありはしない。垂直舳に沿って飛ばねば倦怠、ニヒリズムを越えることは出来ぬ。
☆あかがねの蒙古のラッパ吹き鳴らしわれはアジアの男好めり 佐伯裕子『春の旋律』>女性歌人の歌にはどうしても肉体性を感じてしまう。理屈ではない直観によって丸ごと存在を掴むと自ずとエロティシズムに繋がるのか。アジアの男を好むのは何故かといろいろ忖度しても好きだからだと言われるだけだ。
★堂の道おのがじし去る若き人もの語らずにあるがよろしさ 中山礼治 >泰国のワット(寺)にはみ仏を収めた様々な建物があるが、日本の辻や峠で見るお堂はない。土着精霊はミニ祠を祭り、ヒンズー神像などはむき出しのままだ。地蔵尊、不動尊など日本での馴染みは勿論ない。観音だけ観音娘々像(道教の神に収録された)として流通する。
☆この角を曲がれば海にひらきゆく記憶に張らんわれの帆船 佐伯裕子『春の旋律』昭和六十年 >場所というものは、我々の行動の記憶を蓄える。この街の此処、あの街のあの建物云々。若者の恋路に絡んだあちこちの場所。それは時に駅だったりするが、特に通勤経路にある駅は失恋のときは通過さえ辛い。
★節操などわが有る如く無き如く声掛けられればいそいそとせり 清水房雄『天南』昭和六十二年 >マスコミ文化人だけではない。謹厳な人物と思しき学者だった人が一転金の亡者になった例を見た。
★然らずといひきることのみ急にしてわがなすべきはいくらもなさず 坪野哲久『百花ひゃくげ』>馬齢を重ねた今も私には耳が痛い。言葉や観念だけなら一瞬のうちに宇宙の果てまで行けるが。。。
☆短歌とふ微量の毒の匂ひ持ちこまごまと咲く朝の女郎花 斎藤 史 >微量の毒。日常生活をよしとする自我の薄皮にたった一語の言の葉が、小さな穴をあける。均衡が破れ裸の世界に直面する狼狽が走る。だが傷はすぐにカサブタに覆われ、何事もなかったように自我はまた振る舞う。
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