表記にはちょっと虚をつかれたのでメモしておく。
仏独が隣国でありながら、哲学の知的交流が一世紀以上停滞していたなんて、全く考えてもみなかった。フランス第三共和政(19世紀後半〜第二次世界大戦前)では一般にドイツ系近現代思想の専門研究が遅れていて、ルイ・アルチュセールに言わせれば「哲学上の白痴化の長い時代」にあったようだ。ヘーゲル文献の仏訳が没後百年経っても出版されていなかった。カントで止まりフランスではベルグソン哲学が持て囃されていた。
ヘーゲル(1770-1831)の主著『精神現象学』(1807年)がフランスで本格的に講義されるにはアレクサンドル・コジェーヴ(1902-1968)によるパリ高等研究院のそれ(1933-1939)を待たねばならなかった。その名講義にはジャック・ラカン、ジョルジュ・バタイユ、レイモン・アロン、エリック・ヴェイユ、ロジェ・カイヨワ、メルロ=ポンティ、アンドレ・ブルトンなどが出席して、やがてフランス現代思想の花を開かせることになる。
しからば日本はどうだったのか。日本ヘーゲル学会の「ヘ ー ゲ ル 日 本 語 文 献 目 録」によれば、1879年にE.F.フェノロサが東京大学文学部の「哲学史」で紹介し、その講義録たる坪内勇蔵ノート(早稲田大学演劇博物館所蔵)があった。井上圓了が『哲学要領』前編・後編を出版するのが1886、87年だった。日本はヘーゲルについてフランスに半世紀以上先んじていたことになる。
ふーん、こんなことがあるのか、と思った。隣国のフランスより極東の後進国だった日本にヘーゲル思想が先に流れ込んでいたのだ。現代ではインターネットの普及これありでこうした知的まだら模様は急速になくなっていると思うのだが、学問世界にも偏りはあって国により他国事情への感度が違うかも知れない。学問上の白痴化、思えば大変なことだ。
2009年07月04日
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