2008年12月15日

プラプダー・ユン『座右の日本』から・その2 タイ人はドラえもんで育つ

#ドラえもんのうた(山野さと子版)



 1969年に誕生した『ドラえもん』は1980年代8本の雑誌に同時連載されていたというから凄い。テレビ・アニメは日本テレビ(1973年)、テレビ朝日(1979−2005)、同25周年リニューアル(放送中)と大長寿番組だ。タイ国で何時から漫画/アニメ『ドラえもん』が出版/放送されていたのかは分からない。だがプラプダー・ユンが「ネコ型ロボットの毛」(初出2004年)の中で20年以上前だったと述べているから、80年代初頭にはタイ国で「ドラえもん」の親しまれていたことが分かる。多分「一休さん」も同じ頃からでないか。

 「タイやアジアの子どもたち、特にぼくと同じかそれより下の世代の子どもたちは、日本生まれの登場人物に違和感なく感情移入し、一緒になって冒険を楽しむことができる。日本とタイの文化や習慣が必ずしも一致しないことを考えれば不思議なことであるが、…ドラえもんは子どもたちにとって、ただただ楽しい世界なのである」。そして「少なくともタイにおいては、ドラえもんほど子どもたちの心を強くつかんだ作品は、漫画であれ、アニメであれ、文学であれ、これまでのところ存在していない」と断言する。

 プラプダー・ユンは1973年生まれだから、恐らく10歳前後に『ドラえもん』の洗礼を受けたのだろう。『ドラえもん』は今でもテレビ放送されているし、漫画のタイ語版も定番として流通し続けているから、タイ人青年層は『ドラえもん』世代とみなせよう。これは考えてみれば大変なことだ。アメリカの「ミッキーマウス」や「トムとジェリー」に匹敵しないとも限らない。勿論、これらもタイ国の子どもたちに人気がある。

 大人に成る程、タイ文化と日本文化との開きが出ると考えられるが、幼心に共通するアニメ/漫画を持つことの意義は小さくない筈だ。この共通性をもっと幅広に展開できないものかと思う。最近、長らく下請けに甘んじて来たタイ国の漫画/アニメ業界が自立志向の覚醒をした。タイ・オリジナル作品にもっと挑もうという訳だ。なかなか伝統的なタイらしさの脱皮が出来ないようだが、私は大変結構なことだと思っている。

 
posted by まろにえ at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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