2009年12月05日

ソイ(横町)に住む犬の遠吠え谺して夜半の窓辺を揺るがす如し(拙作)

☆ソイ(横町)に住む犬の遠吠え谺して夜半の窓辺を揺るがす如し

 当横町には飼い犬、自由犬ともに多い。中には5、6匹飼っている家がある。

この遠吠えは月夜だけに限らない。時に大合唱ともなれば、耳にわーんわーん響き、脳内が火事場のジャン状態になる。我が愛犬二匹が唱和するとなると同寝室の住人はたまったものでない。

まあ、慣れもあって寝込んでいれば知らずに眠れるのだが、今晩のように眠りの浅いときにぶつかると不幸だ。体は眠りを欲するのに頭が冴えて眠れなくなる。

取り留めない想念が乱舞、三十一文字遊びまで始まった。少し様子をみていたがどうも眠れそうにない。それならいいや。っと起きだして眠りたくなるのを待つことにした。

表記はこうした経緯の産物だ。
タグ:短歌
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2009年12月04日

世界一極小のクリスマスツリー



 尺度に注目、0.1mm未満だ。
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パンサラダ黄身抜き卵一杯のジュース冷たき朝の精進(拙作)

☆パンサラダ黄身抜き卵一杯のジュース冷たき朝の精進(まろにえ)

 よくもまあ、毎朝同じメニューに飽きぬものだと思わぬこともないけれど、健康管理上の必要から始めたこれが性に合った。

 パンにも様々な種類があり、定番は植物性マーガリンだけれど、ジャムの類いを変えれば味が変わる。焼き方ひとつで別物になることもある。ほぼ10年前、バンコクのパンは旨くなかった。日系ベーカリーも駄目だった。高湿のせいでなかったかと思う。しかし、5年程前から格段に旨くなった。フランスパン、クロワッサン、イギリスパン、ドイツパン…菓子パンの類いも同じだ。今では日本と変わらぬ味が賞味できるようになった。

 サラダも野菜の選択次第だし、ドレッシングを工夫すれば、味が千変万化だ。ジュースも同じだ。こう擧げて来れば、パン、サラダ、ジュースとの組合せでも実に多様だ。

 お気づきの通り、このメニューにはハム、ベーコン、ソーセージの類いがない。実は抜いたのだ。カロリー、油のセーブのためだ。黄身抜き卵はタンパク質は必要だが、コレステロールが不要のためだ。

 これにカオ・トム(おかゆ)、ジョグ(雑炊)のご飯系を取り合わせている。お陰様で飽きずにこんなメニューを続けられている。
タグ:短歌
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2009年12月03日

逸脱の五山文学褒めちぎる…(拙作)

☆逸脱の五山文学褒めちぎる
    わけ知り顔の友こそ憎め(まろにえ)
タグ:短歌
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2009年12月02日

闇にまぎれて帰りゆくこのよるべなき (田井安曇)

☆闇にまぎれて帰りゆくこのよるべなきぼろぼろをわれは詩人と呼ぶ

 六〇年、七〇年安保を戦った田井 安曇(たい あずみ、1930年2月19日 - )は70年代に政治から身を退き、文学活動に一層力を入れるようになった。それは表現者として正念場を迎えた自覚からでもあった。(馬場あき子監修『現代短歌の鑑賞事典』東京堂出版)

 「詩人と呼ぶ」はまさにそれを表す句だが、それは昼の太陽の煌めきに比肩するものではなく、「闇にまぎれて帰りゆくこのよるべなきぼろぼろ」の自覚でもあった。上記事典では「みずからの姿をあくまで謙虚に見つめている」と評する。しかし「謙虚に」と言えば、別の見方では立派な詩人の姿が思い浮かぶものの、そうではなかろう。「闇にまぎれて」とは安保闘争敗北の故に人目を憚るのであり、「帰りゆく」先は文学だ。支配体制に楯突けばおのずと世間は狭くなる。志に照らして「よるべなき」であり、闘争に敗れ疲れて「ぼろぼろ」なのだろう。

 「詩人と呼ぶ」のは自己の再建でもあったろう。

 必ずしも政治闘争に限らず、似たような思いを経験した人は多いだろう。掲首の「詩人」の代りに自己の支えになるべき何かを投入すれば、どんな仕事の人にも当てはまりそうに見える。今、吹きすさぶ木枯らしと日々格闘している人びとにとってこの歌は一念発起の手がかりになるかも知れない。
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2009年12月01日

書籍案内:CHRONICLE OF THAILAND (POST PUBLISHING)

 表記について、ご関心の深い向きへの案内をしておこう。

本
書 名:CHRONICLE OF THAILAND(英語)
発行所:POST PUBLISHING (タイ王国)
価 格:1450バーツ
重 量:3KG
ページ数:444頁
収録写真数:1800葉
ISBN:978-9814217125(海外からの注文に不可欠)
内容>>
 プミポン国王の即位した1946年から今年2009年までの新聞記事を再構成して通観するタイ王国戦後史。各年40本の記事で構成。

犬 主として英字紙バンコク・ポストの記事が素材だ。縮刷版と違い悉皆性はないものの、主要な出来事に絞って簡約化してある分、読みやすい。

 装丁、使用紙、印刷レベルともに良質で、座右の書、資料として保存するのに不足はない。英語版だけに広く親しんで貰えよう。タイ王国研究者、ファンにお薦めできると思う。
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アンディ・ウォーホルの作品

<アンディ・ウォーホル(Andy Warhol、1928年8月6日 - 1987年2月22日)はアメリカの画家・版画家・芸術家でポップアートの旗手。ウォーホールとも表記。銀髪のカツラをトレードマークとし、ロックバンドのプロデュースや映画制作なども手掛けたマルチ・アーティスト。本名はアンドリュー・ヴァーコラ(Andrew Varchola)。
<派手な色彩で同じ図版を大量に生産できるシルクスクリーンの技法を用い、スターのイメージや商品、ドル記号など、アメリカ社会に流布する軽薄なシンボルを作品化した。古典芸術やモダニズムなどとは異なり、その絵柄は豊かなアメリカ社会を体現する明快なポップ・アート、商業絵画としても人気を博した。しかし、そこにはアメリカの資本主義や大衆文化のもつ大量消費、非人間性、陳腐さ、空虚さが表現されていると見ることもできる。普遍性を求めた彼の作品は、彼自身や大衆が日々接している資本主義やマス・メディアとも関連しており、また事故や死のイメージも描かれた。
彼は自身について聞かれた際、「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」と、徹底し「芸術家の内面」をなくし表面的であろうと努めた。彼は有名なものへの愛情を隠さず、スターや政治家や事故、流行品をしばしば画題に取り上げ、それが有名で皆も自分も大好きだからだと理由を述べた。また彼自身がアメリカの有名人物になってからも、ペースを乱すことなく有名人を演じ、作品を制作し続けることを理想とした。
出所)ウィキペディア(Wikipedia) http://ja.wikipedia.org/wiki/アンディ・ウォーホル 



 採り上げてみたが、私はやはりこの手の作品が好きでない。
posted by まろにえ at 06:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする