2012年05月10日

★詩歌とは真夏の鏡、火の額を押し当てて立つ暮るる世界に 佐佐木幸綱

☆三越(みつこし)の屋上に泣く虫のこゑ我家(わがや)の軒(のき)の如くきこゆる 昭和万葉集(三)>こんな光景もあったか。想像し難い。今なら屋上昆虫ショップのイメージだろう。

★大切の事を忘れてゐるごとき思ひのありて身より離れず 窪田空穂「老身」昭和三十八年>同感だ。

☆レビュー団らしき一群と乗客らとおのづから離れて夜(よ)の汽車を待つ 鳥谷澄江 昭和万葉集(三)>劇団、サーカス、寄席などの大衆演芸はかつて日常的な存在で、多くのひとが足を運んだ。芸人は特別な存在でなく、おひねり(祝儀)を客は弾んだ。温泉場には舞台があって歌舞宴曲を楽しんだ。

★夜(よ)を来れば風あたたかし銀座街なまめく光のうづまきかへる 森 直太郎 昭和万葉集(三)>人それぞれだろうが、私は銀座でなまめいた経験がないので、燈になまめきを感じたことがない。ブックノリッジでは銀座にいろいろな思いがあるものの。。。

★好みては食べ物つくる老妻の旨(うま)きやと問ふに旨しとて食ぶ 窪田空穂「森の家」昭和三十八年>タイ国での社交辞令の一つは「アロイ・マイ(旨いか)」だ。旨いときは好いのだが、そうでないとき返答に困る。マイ・アロイ(旨くない、不味い)と答えるのが日本人には躊躇われるからだ。

★薄給(はくきん)なる教師の贈収賄(ざうしうわい)事件を師道頽廃(しだうたいはい)の故(ゆゑ)と大方(おほかた)は言ひ捨(す)つ 川上嶺花 昭和万葉集(三)>公務員バッシングが横行するが、生活苦に見まわれれば人が何をするか、知らぬではあるまいに。議員歳費を削れば貧乏人の参政は できにくい。

★詩歌とは真夏の鏡、火の額を押し当てて立つ暮るる世界に 佐佐木幸綱 >各人が思いを致すべきこと。

★兵として死ねる子が墓なくもがなイルクーツクにありて悲しき 窪田空穂「日本人捕虜の墓」昭和三十八年>ハバロスクとイルクーツクの両所。シベリアの極寒の地で、国際法無視の劣悪な環境下に強制労働させられた、と聞く兵士たち。ソ連、ロシアに対する思いは誰もが屈折する。

★めでたかる此(この)議事堂にふさはしき議員を得るはいつの代(よ)ならん 尾崎咢堂 昭和万葉集(三)「新議事堂建つ」>ざっと八十年前の出来事だが庶民の嘆きは変らずか。

★関ヶ原駅過ぎて茅萱(ちがや)の殊に青し盛りあがり盛りあがり車窓になだる 宮 柊二 *なだれる(なだる)=傾る(自動詞下二段活用)斜めに傾く。傾斜する。くずれて急に落花する。なだれ込む。

★火山岩の原のなぞへに白々と光を放つ長き仆(たふ)れ木 五味保義 *なぞえ(なぞへ)=傾斜(名詞)ななめ。はす。すじかい。斜面。

★堰(せき)の戸は未(ま)だ堰(せ)きあへね山水の瀬々のたぎちもいつか絶えなむ 北原白秋 昭和万葉集(三)「小河内村問題」>小河内ダムの話。

★ソドムともゴモラとも呼べ暮れ泥む君が都はわが都なり 石井辰彦 *なずむ(なづむ)=泥む(自動四段活用)はかばかしく進行しない。行きなやむ。滞る。なやみわずらふ。こだわってはかどらない。

★出生地金沢に歌碑の建ちたるを老いし尾山のよろこべりとぞ 窪田空穂「尾山篤二郎君を憶ふ」 昭和三十八年 >尾山篤二郎は金沢の人であったか。

★生命(いのち)とは我にかかはりなきものぞわが物にして我が物ならぬ 窪田空穂「老身病む」 昭和三十八年>健康なときは分らぬものだが、人間は危うい均衡の下、敢て言えば断続的に生き永らえている。幽明の境は「想定外」に訪れる。時間が直線的に流れ、自己は不変との迷妄が打ち砕かれる。

★父を焼くけむりなづさひ夕近し平田の山のもみぢ葉のうへ 木俣 修 *なずさう(なづさふ)=(自動詞四段活用)水などにつかる。漂う。浮かぶ。沈む。渡る。なじむ。

★ファクシミリから指示うけし灰いろの脳(なづき)はしばし遊行し行かむ 岡井 隆 *なずき(なづき)=脳(名詞)脳髄・脳・脳蓋(がい)などの古称。頭脳。

★生れつきの好悪(かうを)感なりいかにせん哀しみつつもあるに任せん 窪田空穂「好悪感」昭和三十七年> 好悪感は否定出来ない。問題はそれだけで行動するかどうかだろう。

★為せしより為さざりしこと思ひ浮かぶ一夜しづけし立夏を迎ふ 春日井 建 >誰にも訪れる瞬間。悔恨の有無は別として。。。

★若き日は病の器(うつは)とあきらめぬ老ゆればさみし脆き器か 窪田空穂「微恙」唱和三十七年>私事だが、五十代になるまで一度も入院せず、手術の経験もなかった。成人病が発見され服薬をしていたが、一言で言えば不養生だった。元気はメンテナンスを疎かにさせ、余程大病にでもならねば自覚せずだ。

★いちはやく製紙工場は燈(ひ)を入れて窓べ清(すが)しも明(あか)きはそのいろ 巽 聖歌 昭和万葉集(三)>未明、いちはやく製紙工場には作業準備の為か燈がともっている。清新な生きる意欲を感じさせるものだ。

★民族愛ふかき大人(うし)にぞみちびかれ遠き祖先のおもかげ並ぶ 窪田空穂「柳田国男翁逝く」昭和三十七年>評価は区々なれど、柳田国男なくして彼の描いた世界が知られたか、と言えばNOだろう。無視出来ない人だ。

★発電所のうしろの山は時雨(しぐ)れつつ濡(ぬ)れて光れる長き鉄管 許山茂隆 昭和万葉集(三)>大都市で消費経済だけに慣れ親しむと生活を成り立たすプロセスが全く見えなくなる。マスコミを通じて間接的な知識は持てても、やはり「百聞は一見にしかず」だ。言葉のリアリティーは経験裏付が要。

★梨棚にしろじろ梨の花咲きて花群のうへ風かよふ空 長沢一作 *なしのはな=梨の花(名詞)ばら科の落葉果樹。採果用は潅木状に棚作りする。四月末ごろ葉とともに白花が数箇集まり開く。梨花(りか)とも。

★曹達(ソーダ)工場の設立に一村(いっそん)反対せしが青年はぞくぞく雇はれてゆきぬ 大垣紋治 昭和万葉集(三)>例えば、環境か生存かの対立舳。悪しき環境下でも生きられるがマシという選択はありえよう。胃袋の問題は何にも増して深刻だ。

★賢しと愚かしといふはその人の生(せい)をたのしむ様式の差か 窪田空穂「所思」昭和三十七年 >賢愚の基準は多様だ。功利主義的判断だけで生きるものではない。 
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2012年04月26日

★いかならん病起るも常とせん翁なれどもじんましん痒(かゆ)し 窪田空穂「蕁麻疹」

★箸立ての箸抜きながら塩尻のそば一椀になごみゐたりき 岡井 隆>「なごむ」と流行りの「癒される」とは何が違うか。後者は自己憐憫臭芬々で、拗ねたり甘えたりする感覚がある。精神の未熟を表すようで好きでない。

★かをりよき信濃のうどを酢に和(あ)えて夜毎わが食(は)み飽くとせなくに 窪田空穂「食味」 昭和三十七年>私もうどが好きだという極めて単純な理由による選歌だ。

★いかならん病起るも常とせん翁なれどもじんましん痒(かゆ)し 窪田空穂「蕁麻疹」 昭和三十七年>ご本人はきっと真面目に詠んだのだろうが、身近に蕁麻疹がなくなった今日読むと、大家が痒いかゆいと蕁麻疹をかきむしる図はなにやらユーモラスだ。

★ふりむくな嘆くなまっすぐ前をむき歩いてゆくほかないではないか 加藤克巳 >こんな歌が訴求できた時代があった。濃霧と瓦礫の散らばる道、目的地は見えない、いや天からないのだ。

★市電争議の新聞記事も七(なな)、八日(やうか)経(た)つに少なくなり人も云はずなりぬ 和田 厚 昭和万葉集(三)>人の噂も…自分のことでなければ所詮こんなものか。
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2012年04月23日

★くつろぎてその日のことを話し合へ親にも子にも笑ひ乏しき 窪田空穂「夕食の後」

★職業の得がたき世なり職賭(と)して闘はむ心あはれくづるる 佐藤彰矩 昭和万葉集(三)労働争議> 現在では当たり前となった諸制度が労働争議等の結果だったことを忘れてはなるまい。時代の遺物となった考え方があるから、情理を尽くして見直さねばならぬが。。。

★くつろぎてその日のことを話し合へ親にも子にも笑ひ乏しき 窪田空穂「夕食の後」昭和三十七年 >団欒の崩れ始めか。オリンピック開催を目指して高度成長真っ盛り、「家のテレビにや色がある」とカラーTV普及へ。それはTVが家庭の神棚に化し、家族が向い合わない「家族ゲーム」への荒廃だった。

★おなじえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ 藤原かちおむ 古今集 *西こそ秋のはじめなりけれ:中国の五行説では、東―春、西―秋、南―夏、北―冬に当てていた。西方から秋が来るので、西へ向く枝が先ず紅葉したのを理由のあることとした知的表現。(窪田章一郎)

★売らるるを救はれしとふ少女(をとめ)らの或るものは切れし草履(ぞうり)をはきぬ 小西邦太郎 昭和万葉集(三)>こんな光景があったのだ。

★ちはやぶる神なび山のもみぢばに思ひはかけじうつろふものを よみ人しらず 古今集*ちはやぶる:「神」の枕詞。神なび山:神が天上より降下する場所で、多くは山の高所であり、また森である。もみぢば:「もみぢば」は、思いを寄せる人の譬喩。(窪田章一郎校注)

★臥(ふせ)り居のなぐさに吹かす巻煙草息には深く吸はざりにけり 佐野翠坡 *なぐさ=慰(名詞)なぐさめ。きばらし。楽しみ。「なぐさみ」とも。>ははは、これまた煙草の話題だ。

★身に享けしわが嗅覚の最高のものとよろこぶ煙草手にして 窪田空穂「煙草」昭和三十七年 >有無を言わせぬ医学的装いを以て愛煙族を絶滅させる運動が世界中を覆い、喫煙家は日陰者扱いだ。何かと寛容なタイ国でも世界一の禁煙国にするのだと政府がはしゃいでいるが、喫煙者を白眼視する人は少ない。

☆沼が哭く鴨が鳴くかと真夜の耳すましねむらな夢に入るまで 萩本清子 >散文的聖神からすれば沼が哭くは、精々沼に棲息する生物が鳴くだが、ここは沼自身の声が聞えたのだろう。声を立てる筈のない自然の景観や植物がときに微妙な語り声をあげることがある。そんな感受性を忘れたくない。

★一冊の書(しよ)よりあらはれ遠き代の名ある人びと隣人(りんじん)となる ★知りたしと思ふ本能老の身に残りて失せずこころたのしき 窪田空穂「読書」昭和三十六年>すべてが無関心の闇へと呑み込まれて行くが如き老いの暮らしに読書はささやかな灯明だ。

☆女の美保(たも)つによしなき各々の今日の生活に思ひ至りぬ 館山一子 昭和万葉集(三)>女は幾つになろうと化粧やお洒落に執着する。傍から見れば、時におぞましい様相さえ見えるが、それほど女の業なのだろう。
タグ:短歌
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2012年04月19日

★散歩道二尺足らずのくちなわの礫死体ありあっけらかんなり 三間堀

★株買ひて一挙に富まむ危ふさは常(つね)いましむれど心うごくなり 木村捨録 昭和万葉集(三)>今では随分一般化してFX取引をやる人も少なくない。損得が入れ替わることの多さは当たり前だが、儲かることばかり考えていないか老婆心が騒ぐ。

★魚屋の隣にゐて魚など買へぬくらしにお互ひが隔たる 昭和万葉集(三)>資本主義が追求するのは交換価値であって使用価値ではなく、顔の見える隣人の為でなく、顔の見えない不特定の市場顧客だ。生産力増大に多大な寄与をしたが、何か貴重なものを取りこぼしている。

★深川の街に入りたりゆふなぎの水照りあかるき店つづきなる 吉植庄亮(明治17〜昭和33)>深川は東京人の郷愁をかき立てる土地柄の一つ。作歌年代が分らぬのが残念だが、掲首もそうした深川風景のスケッチだ。

★つと起る大爆音をそれと感じ瞬間長く無言をつづく 窪田空穂「浅間山大爆発す」昭和三十六年>天変地異の一つに火山爆発がある。身に危険を実感しなければ犠牲者が出ても軽く流してしまう。雲仙天草はいつだったか。自然に対する畏敬の念が失われてもう久しい。

★就職難といふ時世の弱みにつけこみて減給と云ふに涙も出でず 戸部曙歌 昭和万葉集(三)>職があるだけましと自分を納得させる。労働市場の案配宜しきが社会安定の鍵だ。資本効率だけの為に是迄の職を追い出されるのは辛い。まだ技能適性の可塑性範囲内ならいいが、全く別分野となると働く意味消失。

★義経は小兵反歯(こひやうそつぱ)の男にて上目づかひにもの言ひしとぞ 窪田空穂 昭和三十六年>義経に憧れている人にはショックかも。

★二十有余年(いうよねん)勤めし君はあはれにも老いしが故(ゆゑ)に解雇(かいこ)せられけり 幕内庄太郎 昭和万葉集(三)>欧米の如きシニヨリティー(年功者優遇)制度に守られず、日本ではリストラ解雇の矛先は中高年層に向けられるが普通。若年者雇用を絞っても賃金が安く効果薄だからだ。

★木下杢太郎「酒の入荷」 やあれやあれこれわいさのどおっこいさ。 家(うち)なだつぶれてどおっこいさ。 軽子(かるこ)は身がるでどおっこいさ。 今年豊作どおっこいさ。 新酒は上出来どおっこいさ。 今夜は何分宜ろしくどっこいさ。 ありゃこりゃこれわいさのどおっこいさ。(明治四十三年)

★おそらくは失業すらむ近き日をかりそめのごと今思ひをり 伊藤員馬 昭和万葉集(三)>マスコミ情報が他人事なのは当然だが、自分に襲い来る現実もまた絵空事のようにしか感じぬ場合がある。末端庶民が実感するようになれば、大きな問題にもう打つ手はない。実感主義の陥穽。

★職を求むる人らあふれて道にをり往きにも帰りにもわれは見て過ぐ 福田栄一 昭和万葉集(三)>リタイア後、書類の職業欄に「無職」と書くときの何とも言えぬ頼りなさ、社会に存在せぬかの如き浮遊感だ。ただ生きる為にだけ職を求めねばならぬ状況の深い絶望と疲労感は窺い知れない。

★散歩道二尺足らずのくちなわの礫死体ありあっけらかんなり 三間堀 >それはソイのT字型交差路近くにちょっと尾を巻いて死んでいた。緑地に細かい黒の格子文様が入るあまり見掛けぬ種類だった。犬が匂いを嗅ぎに近づいて知った。口から血を吐いて死んでいた。頭部を車に轢かれたようだった。
タグ:短歌
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2012年04月12日

‘The Sound of Miles Davis’: Classic 1959 Performance with John Coltrane

recorded on April 2, 1959 at Studio 61 in New York

《演目》Kind of Blueから
So What
The Duke
Blues for Pablo
New Rhumba
So What (reprise)
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2012年04月07日

★おおアジアあなたの声に寝返れば夢のなかまで桜並木だ 佐久間章孔

★おおアジアあなたの声に寝返れば夢のなかまで桜並木だ 佐久間章孔 >アジアへの憧憬、夢に身を焦がしていても、この否定し難い「桜並木」=日本人性は夢にも現れる。我々は(運命として)敢然と日本人であることを引き受けねばならない。

★わが愛を遂げむとすれば身を縛(しば)る悩みはたのし自由とは何 窪田空穂「愛と自由」昭和三十四年 >自分の欲望達成に持ち出される自由以外の自由なるものを寡聞にして知らぬ。選択の自由があるということは、実はなんでもいいことで、成さねばならぬ、絶対不可欠であるとは限らない。

★借り借りて今は術(すべ)なし日の暮を妻の晴着持ちて吾は出で行く 桜田角郎 昭和万葉集(三)>一六銀行(質屋)利用はまだ健全だと思うが、価格破壊頻繁な今日、質種に何を持って行くのか。スマホ?機能的陳腐化が迅速だから、買値の何分の一だか。着物?持ってない人が多いだろう。

★地下鉄の赤き電車は露出して東京の眠りしたしかりけり 前登志夫『子午線の繭』昭和三十九年>地下鉄(丸ノ内線?)が地上線路に入る時、寝ぼけ眼を見開かせる如き朝日を浴びる。身ぶるえし伸びをするかのようでもある。朝の通勤電車、つり革に掴まりながら眠る芸当を演じる乗客が少なくない。我も亦

★ブラジルに移住するに嫗(をうな)が塩に熬(い)りし蝗(いなご)も背負(せお)ひ汽車に乗りたり 西村直次 昭和万葉集(三)>國民を養うに職を与ええぬ国は移民、労働輸出政策をとる。特に家族を残して海外に出稼ぎにでねばならぬことは幸福でない。97年香港返還時移住民は中華鍋を携行した。

★地に立てる吹き出物なりにんげんはヒメベニテングタケのむくむく 渡辺松男『寒気氾濫』平成九年 >悠久の時間あるいは原初の生命誕生の時間から眺めてみれば地面の吹き出物にしかすぎないのでないか、と評者は読む。下句の猛毒を持つキノコとにんげんが同じなのか違うのか。寧ろキノコが立派と。

★生来(しょうらい)の孤独に徹しえたるとき大き己れの脈うちきたる 窪田空穂「孤独感」昭和三十四年 >空穂ではないが、裸にて生まれて来たになに不足、という法諺がある。人はひとりで生れひとりで死にゆく。この至極当然な事実を認める所から肚が据わる。

沖の暗(くら)いのに白帆(しらほ)が見える、 あれは紀(き)の国蜜柑船(くにみかんぶね)。…>この聞き覚えのあるフレーズが木下杢太郎「市場所見」(明治四十四年「昴」3―1)の出だしにあった。古歌を自作詩に取り入れたのかも知れないが、少なくも杢太郎の詩の一節だと知って一人悦にいる。

タグ:短歌
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2012年04月02日

★犬の毛の長きを悪しとなさねども歩くモップよソイを清めり 三間堀

★一期は夢なれどくるわずおりしかば花吹雪せよひぐれまで飲む 福島泰樹(やすき)『転調哀傷歌』昭和五十一年 >狂えぬは時に寂しい。狂えるものが欲しいけれど、加齢すればますます熱しにくく冷め易くなる。せめて代りに酒で一時の昂奮を買う。

★繭の値の安きは不景気の故(ゆゑ)として製糸家の奸策(かんさく)は思はぬ如(ごと)し 黒木 麓 昭和万葉集(三)>売買は利害の対立と調和。買い叩きはありふれた風景。

☆花が水がいつせいにふるへる時間なり眼(め)に見えぬものも歌ひたまへな 斎藤 史 >さあ、自然の声に耳を傾けよう。

木下杢太郎「或る夕」 春なかば今日の大雪、 ペチュカ焚く室(むろ)のうちの 青白き窓に寄りそひ ベコニヤの呼吸づかひしめやか。 夕べわれ家にかへり 人げなき卓(つくえ)の上に見出しぬ 思ひがけなき人の絵葉書。 街道に人もなく 奉天の新市街、風やや勁(つよ)く、雪に暮れゆく。

★犬の毛の長きを悪しとなさねども歩くモップよソイを清めり 三間堀

★榲桲(マルメロ)を文鎮となし書く挽歌蒼き暑熱の土にし消えむ 浜田到『架橋』昭和四十四年 *マルメロ=バラ科の落葉高木。白または淡紅色の花が咲く。 >蒼き暑熱の土とは真青な空の夏日に照らされ熱くなった地面のことか。挽歌∧蒼き∧暑熱とイメージが連鎖する。

窪田空穂「愛されし乞食」昭和三十四年から二首>
★護国寺の祖師堂の縁に住みつける若き男あり乞食なりとぞ 
★縁の上にオケイチャン死にてありしかば人々あはれみ葬りにけり >経歴に吃驚した。医大を卒業したが、乞食をやってみたいと実際に試みた人がいたのだ。小賢しい計算をしてはとても出来ぬ。
タグ:短歌
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2012年03月31日

★ごま塩をふりかけ喰らふ白き飯甘く塩っぱき懐かしさ哉 三間堀

☆春の草花とりどり競ふ花舗に来てハルノヒビキと言ふ花を知る 今出今麻子 >へえ〜、そんな花があるのか。

★貧乏をわが説くときし聴衆の眼(まなこ)ぎらぎらとわれに反射す 高田保馬 昭和万葉集(三)>昔は貧乏が身につまされたものだった。貧乏からの解放を説く社会理論に聴衆は熱心に聞き耳を立てた。

★拳大(けんだい)の奇獣モモンガひそみゐて悟堂の襟より躍りては出づ 窪田空穂「奇獣モモンガ」中西悟堂君、その書斎に飼ふモモンガを携へ来て示す 昭和三十三年 ももんが=リス科のほ乳動物 >動物園で見たことあるか、記憶にないなあ。

★汝が髪のなかなる森のみづぐるま香藻(にほひも)をからませてめぐるも 松平修文 >なんかいい感じだなあ。

★嫁にやる支度金(したくきん)なき窮乏に年たけ娘ふえし吾が村 小高倉之助 昭和万葉集(三)>嫁に行くのに支度金、嫁を迎えるのに結納金という仕来りはもう日本では消えたか。だが、金がなければ結婚出来ないのは不変。お手軽結婚がお手軽離婚に結びつくよりマシか、それとも愛情の危機か。

★東京の下町(したまち)を惜(お)きていづこにかかくも味よき前餅のあらむ 窪田空穂「老身」昭和三十二年 >時折、入手する日本煎餅/あられ/おかきが実にうまい。食べ始めるととまらない。昨日は「みずほやき」なるのり巻き煎餅だった。

★自作農の名にはげまされて田を買ひしわが村びとに負債かさなりぬ 佐藤忠恕 昭和万葉集(三)「負債と減収」 >いくら金融の便宜が進もうと肝心なのは収入の確保。低収入の者に無理な貸付をするのは考えものだ。

★平安のをとこをんなの詠める歌をんなはやさしきものにあらず 窪田空穂「和泉式部家集を読みて」昭和三十二年>されど愚かな男どもは女に「優しさと美しさ」を求めてやまぬ。ジェンダーを引き受けぬ女が増えるほど、男も同じくジェンダー忌避に走るだろう。

★たとへ品(しな)は低(ひく)うてもそなたは女 はつと思ふ時もある 岩に咲いた紫陽花(あじさい)も雨あとの夕日を受けたればくわつと光る時もある 木下杢太郎 大正二年>お愛想の積りだろうが、果たして褒めてるのか、貶しているのか。今の女はきっと怒るぞ。

★諧謔を軽く聞かむや見るやがて客観視するこころの閃き 窪田空穂「尾上柴舟氏を憶ふ」昭和三十二年>「艶(えん)と寂びとの融けあふめでたさ」とも賛嘆。尾上柴舟を読み直さねばならない。

★飛行機から人が落ちて死んだといふ号外を見ながら夜おそく楂古 聿(ちょこれえと)のむ何となきいたはしさかなしさ小気(こき)びよさ小(こ)づくりのおかみは沙汰過ぎたれども眉は剃れどもー木下杢太郎「飛行機」(大正二年「昴」5−12)>実話かどうか知らぬが、珍しい話だ。

☆米の減収大げさにいふ小作人ら年貢負けよとはかりゐるなり 関 せん 昭和万葉集(三)>小作人がひたすら言いなりで、虐げられ続けたという神話が流通しそうだが、江戸時代の年貢米ゴマカシではないが、小作料の値切り交渉もあの手この手。今ならさしづめ中小企業の税金ゴマカシだ。

☆はるかなる牧野の雉が鳴くときに近き茂みの雉もとよもす 石川不二子 *とよもす=響す(他動詞四段活用)鳴りひびかせる。「どよもす」とも。>鶏のとよもすのは親しい。最近は収まったが、深夜の路地で鳴く犬の遠吠えに、わが家の犬二匹が応答して困ったことがある。条件反射のようだ。

★たそがれの街のどよみにおのづからうなじは垂れて歩きて居るも 松倉米吉 >課業がはねて街へ出る。ビルからどっと吐き出された人々の発するエネルギーがどよめきとなって低く唸る。或は夜の歓楽を求めに行くか、それともひたすら家路を急ぐか。なすべきことのない人は仕事疲れに足が重くトボトボと。

★ごま塩をふりかけ喰らふ白き飯甘く塩っぱき懐かしさ哉 三間堀

★やはらかく深紫の天鵞絨をなづる心地か春の暮れゆく 芥川龍之介 >大正浪漫風。

★竹林のしげる外山の路登りにはかに里をへだつるみ寺 窪田章一郎 *とやま=外山(名詞)はしの山。人里に近い方の山。「端山(はやま)」とも。

★米穀統制法(べいこくとうせいほふ)といふも地主(ぢぬし)擁護に外(ほか)ならず屈辱果つるは何時(いつ)の日ならむ 上村梧朗 昭和万葉集(三)>少なくとも半世紀前までは「米穀通帳」なるものがあり、米を買うのに必要だったほか、言わば身分証明書として公的手続きにも利用された。為記録。

★我こそは祝ふべきなれ勤(いそ)しくもわれを犒(ねぎら)ふ妻の還暦 窪田空穂「籠居」昭和三十一年>空穂は八十にならんとするから、夫人は随分年下だ。私が空穂程長生きできるとは思わないが、妻に支えられて生きているのは間違いない。空穂同様妻をねぎらわねばなるまい。
タグ:短歌
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2012年03月23日

★五平米タラート(市場)刻む小店舗ぶらぶら歩きやりとり楽し 三間堀

★五平米タラート(市場)刻む小店舗ぶらぶら歩きやりとり楽し 三間堀 >熱帯での逍遥はとにかく暑い。熱風もあり街路を歩くは消耗の一語。移動は車でタラートやショッピング・モールにしけこむのが通常だ。そこは買い物だけでない、レジャーランドでもある。商品情報を仕入れたり雑談したり…

☆蛍光燈灯るを待ちてゐる間ひとひの憂ひの続きの如し 各務由紀 >半世紀ほど前、初期の蛍光灯は点灯するまで時間がかかった。それで反応の鈍い人のことを「蛍光灯」と称した。もはや記憶する人が少ないだろうから記しておく。

★戦はぬわが子捕虜とし死なしける忌(いま)々し彼や何する者ぞ 窪田空穂「日ソ国交回復の日」昭和三十一年>空穂は次男をシベリア抑留で失った。日本の敗戦直前に不可侵条約を一方的に破棄して侵攻、数多くの兵を捕虜としシベリアに送ったソ連の所業は、卑劣な行為として澱のように沈殿した。

★蜆汁殻を口より捨つるとき妻と今日あり共に古りつつ 千代 国一>蜆汁は黄疸などに利くと言われ、亡母は意識してメニューに取り入れていた。酒を嗜むようになってからは、二日酔いや肝機能の疲れを癒すと信じて私も愛好した。食物というより薬餌だった。

★鉦太鼓(かねたいこ)たたきつぶして山上の雨乞(あまご)ひ踊(をどり)五日に及ぶ 土器屋忠二 昭和万葉集(三)>冷害、大旱魃に襲われた東北の農村は疲れ切っていた。人知を尽くしても術無きとき、人は雨乞いにすがらねばならぬ。現代の人工降雨術も100%成功する訳ではない。

★天上の大(だい)怪童子風となり一千キロをゆるがし来たる 窪田空穂「颱風」昭和三十一年>颱風を猛女に見立てるのは米などでザラだが、大(だい)怪童子とは日本風か。

★高きビル昼をともして人見えずことはひそかに謀られてゐむ 鈴木康文 >商店のない事務所ビルばかり立ち並ぶ街区、超高層であれば尚更のこと、ビルの出入り以外人の姿を見掛けることは少ない。ビル内部で何が行われているか窺うことが出来ない。事業計画であれ、はたまた天下を覆す陰謀であれ。

★たはやすく積極を言ふ輩をたたかひの日にも信ぜざりしかな 玉城 徹 >複雑な世の中を一刀両断、黒白をつける人に人々は溜飲を下げ、喝采を送りがちだが、分りやすくするには枝葉を大胆に剪定せねばならず、時には分ることしか語らない(=隠蔽)。決断先送りは考えものだが、単純化は思考の罠だ。
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2012年03月19日

★たおやかな朝のチエンバロ鳥の声けふのタスクにとりかからむか 三間堀

★この一首この一首をとわれは彫る軽く面白きは君らがうたえ 橋下喜典『無冠』平成六年 >ははは、その通り。

★否 否といくたびわれは呟きて流れに乗らず歩みきにけり 橋下喜典『地上の間』昭和五十八年 >大勢が集いてガヤガヤ闊歩する。その中の一人に紛れてみたき心地も時にすれど、違和感のみが先立ち乗れぬまま年を取った。洋服を着替えるように楽々流行に合わせる才能が無いだけかも知れぬが、仕方ない.

★気負いつつもの言う人の眼を見れば言葉はかなし言葉は恐ろし 橋下喜典(よしのり)『黎樹』昭和五十二年 >歌人はながく教職にいた。気負いとは結局、自我拡大欲求の現れかも知れない。言葉が真善美を伝えるものでなく、単なる何かの為の手段に貶められる。しかし、それすら透けて見えさせる言葉。

☆濁流(だくりう)だ濁流だと叫び流れゆく末は泥土(でいど)か夜明けか知らぬ 斎藤史 >あまりに著名な歌。

★敗戦につぐ窮乏の十年のかなしく荒れしむわが家(や)の塋域(えいゐき) 窪田空穂「塋域」昭和三十一年 *塋域=墓地、墓所。>墓地は死者との再会、過去の時間の復活の媒体。祖先の生きた時間と現在とを結ぶよすがでもある。言い換えれば、歴史的時間のなかの我を探る場所だ。

★乱、変、役など呼びて死者を鎮めにき「大戦」などと慰まざらむ 成瀬有『流離伝』平成十四年>鎮魂と呼び名。戦後は一見福祉国家の相貌をまとうが、一般社会レベルでは生者、健常者のエゴが跋扈し、死者、非健常者の包摂が却って弛んだのでないか。勝ち組になることに狂奔すれば、自ずとそれらは忘却.

★猶し生きよと目にものいはせ賀(ほ)ぐ家族(うから)いはむことなく笑みて頷(うなづ)く 窪田空穂「八十回誕辰」昭和三十一年 >生きてあることを家族と喜び合える幸福。

★つつましく霊(たま)まつる家を今宵(こよひ)しも妻は見て来てわれにいふなる 松村英一 昭和万葉集(三)処刑 >(無念の)死者への鎮魂。

★山地流亡の部族を尋めてチモールの岩白き山に終えん戦後か 前田 透 *とめる(とむ)=尋む・求む(他動詞下二段活用)

★サンチョ・パンサ思ひつつ来て何かかなしサンチョ・パンサは降る花見上ぐ  成瀬有『アソべ、櫻の園へ』昭和五十一年>ドンキホーテの従者を思いつつ花見に来た歌人の視線はサンチョ・パンサそのものになってゆく。ドンキホーテとは誰か/何か。因に西部邁『サンチョ・キホーテの旅』なる著作がある。

★あふれ出て路上にみなぎりさらにあふれとめどなしとめどなし春昼(しゆんちゆう)の泉 加藤克巳 *春昼=他の季節の日中と違い、明るい中に気だるさを感じさせるもの。>泉を文字どおりに読むか。それとも自堕落で猥らなまでの生命力とでも読むか。

★皇道主義叛軍(はんぐん)の名にて捕(とら)はれし死ぬよりもなほいたましきかな 吉川輝美 昭和万葉集(三)>二二六事件は陸軍内部の統制派による弾圧への皇道派の叛乱だったが、事破れて却って統制派の天下となった。皇軍の名誉を重んじる皇道派決起将校が賊軍に堕ちて処刑されたのは侮蔑だった。

★老ゆらくは救ひといはむものを欲(ほ)るこころ大方(おほかた)失せしに似たり 窪田空穂 昭和三十一年 >世の中に流通する救いなるものは、いともお手軽だ。自力の絶望の果てに見出すものでなく、些事の挫折や失望の穴埋めで、吝嗇なことに百円玉一個のお賽銭に願いをかけるが如しだ。

☆大喜利の終幕を見ず立ち去るは惜しと思はすもののひそめり 長沢美津『線』昭和四十五年 >女流ながら湿った印象のない歌風。「覇気のある歌」とも評される歌人だ。婉曲に寄席演芸の凋落を詠った。NTV「笑天」は好きだったが、話芸の衰えはやはりあった。

☆小暗きに降りくる雪は天よりの白き仮名文字とめどもあらず  大塚布見子 >こういう歌を見ると、つい、なあんだ、しょうもないとコロンブスの玉子的批評を加えたくなるものだが、ならば雪を「白き仮名文字」と見立てたことがあるか、あるまい。掲首は着眼を買いたい。

★十五名の死刑執行(しつかう)せられたる号外の記事にわれ立ちどまる 内田速人 昭和万葉集(三)「処刑」>二二六事件の意義がどうであれ、國のためと思って決起した皇軍の兵が処刑されたことの衝撃は大きかったろう。暴力でクーデタを起すのは大罪だが、それに至る心情を庶民が共有すると。。。

★しみじみと身をば厭へる時ありき厭はじとしも抗(あらが)ふに老ゆ 窪田空穂「現実肯定」昭和三十一年 >現実を肯定している訳でないが、現実にしがみつき、こんなもんだろうと諦めている。一方、特別な人生なぞないと知りつつ、ひょっとしたらとの思いも捨てきれない。生きるとは永遠の問い。

★この春の花びら流れ雪ながれわが生遠くただよふもよし 長澤一作『花季』昭和六十三年以降 >流れ、ながれの繰返しが急流を思わせる。時の流れもはやい。その流れに身を任せ漂って想像だにしない異境に流れ着くもいいだろう。掲首は上がアレグロ、下がアンダンテと対比的に加え、とまれ調子がよい。

★たおやかな朝のチエンバロ鳥の声けふのタスクにとりかからむか 三間堀

★よく活けてとみかうみさす背(うしろ)かげ笑(ゑ)ましき母といまは老いましぬ 真島勝郎 *とみこうみ(とみかうみ)=左見右見(連語)あちこちに気を配ること。いろいろの方向からながめること。

★まごころによりそふ助けかひありて仕(つか)へはたして今帰るわれ 相沢三郎 昭和万葉集(三)辞世 >この作者は言うまでもないが、1935年に陸軍省で軍務局長永田鉄山を刺殺した皇道派将校。二・二六事件の前哨のひとつ。

★鑑賞はおのれを語るものにあれば陶酔(とうすゐ)も無視も好むがままに 窪田空穂 昭和三十一年 >その通り。私は勝手読みをノーズロで曝しているが。。。

☆女にて生まざることも罪の如し秘かにものの種乾く季(とき) 宮小路禎子『未明のしらべ』昭和三十年 >没落華族の末。生涯未婚。掲首は女の生の意味を問う。
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